ムダな話をともにしよう

くだらないことから真面目なことまでジャンルフリー

酒弱若造には辛過ぎる「社会人特有のノリ」が蔓延する会社の飲み会

先日会社の飲み会に参加してきました。僕はアルコールに大変弱いのですが、全く飲まないのも楽しくない。ですので、友人と飲むときなんかは自分のペースでちびちび飲みながら楽しんでいます。その程度でもちょうどよく酔いが回ってくるんです。コスパ抜群の体質。

 

さて、何度も参加している会社の飲み会ですが、楽しいから参加しているわけではなく、断る事ができない状態。

「お前くるやろ?は?来ないの?いやいやwはい参加ねw」

こんなしょうもないことを言われて参加しています。参加するというか、参加になっているという感じ。最近では、下っ端であるが故に幹事をやらされているのでどうしようもないです。こんな感じで不満タラタラですが、元々飲み会は好きなんです。ただ、どうしても会社の飲み会を楽しめない。

 

では、なぜ会社の飲み会を楽しめないのか。

 

それは、「社会人特有のノリ」のせいです。

 

 

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風習と呼ぶかもしれないし、社会人のマナーかもしれないですが、お酒に弱い僕からすると、ただのノリ。自分のペースを守ることで飲み会を楽しめていた僕ですが、このノリのせいで会社の飲み会は辛く感じるようになってしまいました。

 

その1:ビールを注がれそうになったら飲まないといけないノリ

グラスが少しでも空くとビールを注ぐノリありますよね。あれを立場が上の人からされた場合、残ってるビールをグッと飲み(時には飲み干し)、注ぐスペースを作らないといけません。自分のペースで飲まないとしんどい僕にとってはただただ苦痛。「ちょっと飲めないんです」なんて言おうもんなら、四方八方から「上司の酒を断ったらダメだろ!w」と言葉が飛んできます。この風習は社会人のマナーかもしれませんが、アルコールに弱い若者からすると悪ノリにしか見えません。酒のペースは人それぞれであり、他人に強制させるものではないと思います。

 

その2:おいおいグラス減ってないじゃん!って言うノリ

ちびちびと自分のペースで飲んでいる僕のグラスは、周りと比べると圧倒的に減るのが遅い。するとそれを見かけた人がすかさず突っ込んできます。
「おいおい、全然グラス減ってないじゃん!」
そんな、誰がどう見てもわかることをこれ見よがしに大声張り上げなくても・・・でも大声が大事なんでしょう。その声に他の人が気づき、束になってもっと飲むよう僕を攻めてきます。ナイスコーチングですね!これをノリと言わずに何と言いましょうか。減ってないかもしれませんが、このペースじゃないとキツイんです。

 

その3:酒弱いなんて情け無いなあ、と、けなすノリ

その1その2のノリの最中で僕は、お酒に弱いことをちょろちょろアピールします。すぐに頭が痛くなったり気持ち悪くなるので先手を打って自分を守るのです。流石にこのご時勢、これでも強制的に飲ませる人は会社にはいません。しかし、飲ませることができず鬱憤が溜まるのでしょうか、必ず言われるのがこの言葉。「酒弱いなんて情け無いなあ!」いや、アルコールの体質と性格はさすがに関係ないでしょう。こんな若造の僕でもわかりますよ!これはもう、ノリで言っているとしか考えられません。

 

その4:酒が飲めないなんて仕事できないぞ、というノリ

だいたいその3とセットになっているノリ。こじつけにもほどがあるだろと思う一方、お酒が飲めることで生まれる仕事があるのも事実なのでなんとも言えない気分になります。辛いのは、その3の発言者とは別の人が言ってきた時。相手は2人。こっちは1人。2対1の数的不利。さらに相手の方が地位が上だったり声が大きかったりするので、他の人が相手側につくんですね。こうなると複数人からただ責められるだけ。もはや悪ノリですね。アルコールに弱いというだけなのに。それぞれのペースで楽しめばいいだけなのに。

 

その5:つぶれるのも経験経験!わっはっはwのノリ

これまでのその1〜その4のノリ全てを正当化してしまうノリ。そんな事今更言われなくとも、こちとらその経験は学生時代に経験済み。いい大人が何を言っているんでしょうか?学生時代の経験を通じて自分の酒の弱さを知ったし、その上で楽しめる飲み方を身に付けたのです。このノリのどうしようもないところは、その1~その4のノリで苦しんでいる人がいることなんぞつゆ知らず、自分たちのこれまでの悪ノリを全肯定しているところ。これにより自分たちの非を感じることなく、いい気分で終わっていきやがるのです。

 

酒弱人間からの最後の訴え

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ようは、酒が弱くてもみんなで楽しく飲み会したーい!ってことです。会社の飲み会は、決して酒に強い人が偉いわけじゃないし、弱い人が惨めになる場でもないはず。酒をガンガン飲むことだけが飲み会の楽しみではないのです。まあ、会社の飲み会にはいろんなことがつきまとうので単純に楽しむ事は難しいですが、酒が弱い人への「社会人特有のノリ」はこちらからするとただただ辛いだけ。最近の若者は酒が弱いだの、飲み会に来ないだののボヤキも、なんだか悪者にされているように感じてしまいます。酒が弱い=悪いこと・・・?

 

僕のように、酒に弱いせいで会社の飲み会を居心地悪く感じている人。

なんとか会社に周りに理解してもらいたいものですよね。

こっちも楽しめるなら楽しみたいんじゃああ!

 

 

以上、にしまーるでした。

 

 

 

過去最高にフィナンシェが食べたくなった

「〇〇が無性に食べたい」

 

誰しも一度は思ったことがある。こうなったら最後、それを食べるまで他に何も手につかなくなってしまう。

 

 

 

 

先日僕は、フィナンシェが無性に食べたくなった。

 

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美味しそうなフィナンシェ

 

こんなにフィナンシェを食べたいと思ったことは人生で一度もない。ああフィナンシェ食べたいなあ、と思ったこともない。フィナンシェに思い入れもない。最近いつ食べたかの記憶もない。それでも頭の中をフィナンシェが駆け巡る。あの日、僕は確かにフィナンシェに夢中だった。

 

夜にフィナンシェを食べよう。そう決めた僕は、夜ご飯をスープと豆腐にした。夕食よりもフィナンシェを優先した形だ。フィナンシェにイニシアチブを取られた格好だ。ササッと夕食を済ませ、自転車にまたがる。

 

フィナンシェがどこで売っているかご存じだろうか。コンビニだ。店舗によるが、①スイーツコーナーの冷蔵棚の上②パンコーナーの横③よくわからないコーナーの棚、このどこかにある。小さいサイズのパウンドケーキや1枚130円ぐらいするふにゃふにゃクッキー等と一緒に並んでいる。こんなところでコンビニバイトの経験が生きるのだから人生わからない。バイト経験が無ければ、フィナンシェを見つけ出せず路頭に迷っていただろう。あの棚に置いてあるものは滅多に買わないが、1枚130円するクッキーは美味しいに決まっている。フィナンシェはそこと同列の扱いなのだから、そこのフィナンシェも美味しいに決まっている。

 

コンビニに向かう道中、ふと思った。もしフィナンシェが無かったらどうしよう。フィナンシェが売れ筋商品とは思えないが、だからこそ仕入れが甘いかもしれない。品切れの可能性は十分ある。そもそも、今から向かうコンビニではフィナンシェを取り扱っていないかもしれない。バターの香り・・・ふわふわでしっとりした生地・・・口の中でとろける甘さ・・・これらはフィナンシェの個性だ。これを兼ね備えるものは他に・・・いた。マドレーヌだ。仕方ない、無かったらマドレーヌに変更しよう。フィナンシェとマドレーヌには共通点が多い。マドレーヌでも満足できそうだ。じゃあもしマドレーヌも無かったら?そんな時はバウムクーヘンがある。バウムクーヘンならスイーツコーナーでよく見かける。袋に入ったミニバウムクーヘンもあったはず。フィナンシェには及ばないが十分代役は務まる。最悪バウムクーヘンにしよう。

 

 

フィナンシェとそのお友達に想いを馳せながら、気がつけばコンビニに着いていた。

 

 

中へ入ると僕は、一目散にフィナンシェコーナーへ向かった。不思議とフィナンシェがどこにいるのか直感的にわかる。フィナンシェに引き寄せられる。これが引き寄せの法則か?はたまたゾーンに入ったというやつか?

 

フィナンシェコーナーはパン棚の横にあった。このコーナー、スカスカだ。人気が無いため補充が甘いのだろう。予測通り。これならフィナンシェを独り占めできそうだ。フィナンシェはもう僕のもの。

 

そう思ったのだが、あろうことかフィナンシェが1個しか無い。嘘だ...フィナンシェを欲した人間が同じ時間同じ地域に僕以外にもいたとでもいうのか。膨れ上がったフィナンシェへの期待は3個ぐらい買い占めないとしぼんでくれそうに無いのに。しかも思った以上に1個が小さい。フィナンシェは小さいのか。そんな小さいフィナンシェがなぜ品薄状態になるのか。コンビニのマーケティング事情に疑問を抱きながら最後の一個、ラストフィナンシェを握りしめた。

 

 

このサイズでは満たされない。でも、こんなリスクは想定内。フィナンシェがなければマドレーヌを買えばいいじゃない。フィナンシェのお友達を呼べばいいだけ。友達はすぐ近くにいた。

 

しかしここで問題が発生。

 

フィナンシェのもう一人のお友達バウムクーヘンもいたのだ。しかも2種類。

 

これは困った。どのお友達を選ぼうか。フィナンシェフレンズ、どれも美味しそうである。なんならフィナンシェが一番普通なぐらい、お友達が魅力的に見える。優柔不断な性格を恨む。ここからここまで棚のものぜーんぶ!なんてVIPな買い方も一瞬よぎったが、そういうことじゃない。うまく言えないが、僕はフィナンシェともう一人だけのお友達を選ばないといけないのだ。

 

成分を見たり、値段を比べたり、持って重さを比べたり、カロリーを気にしたり、あれこれ検討を重ねた結果、僕はマドレーヌを選んだ。理由は「2番目のお友達」だからだ。これならフィナンシェもきっと喜んでくれる。

 

 

こうしてフィナンシェとマドレーヌと、ちょっとリッチなホットコーヒーと、翌日の昼食を買ってコンビニを後にした。自動ドアを通る僕は、とても清々しい気持ちだった。

 

家に帰ると、すぐにフィナンシェを食べた。一口一口噛みしめながら味わった。バターの香り。卵の風味。絶妙な食感。とろける甘さ。全てが一体となったフィナンシェ。たまらなく美味しい。

 

 

僕はフィナンシェと一つになった。こんなにフィナンシェを求めることはもう2度と無いだろうから、記念にブログに残しておくことにする。

 

 

 

 

以上にしまーるでした。

知人のブログを楽しんで、焦る

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ブログを書いている知り合いがいる。

ブログを通じて知り合ったのではなく、学生の頃から知っている人だ。

 

その人はブログをリアルな友人にも公開しており、本名で書いている。更新頻度は高くなく、月に一度だったり数日連続出続いたりと、まちまちだ。SEO対策やアドセンスなど、そんなもの一切気にしている様子は無い。人生を変えたい、とか、プロブロガーになる、とかそんなことも聞いたことがない。何か言葉にしたい出来事や想いが募ったときに文字を走らせているようだ。

 

いわゆる「ブログ運営」には興味が無いのだろう。

 

 

僕は、そんなあいつのブログ更新をとても楽しみにしている。

 

 

役立つ情報があるわけでもない。正しい知識が増えるわけでもない。クスっと笑えるものでもない。その人がその人なりに考えていることを等身大で書いているだけ。

 

 

それでもとても楽しみにしている。

 

 

なぜこんなに楽しみにしているのか。

 

 

記事ではなく想い

 

そのブログでは、本人の感情や思考がそのまま言葉になり、文章となっている。僕が惹かれる理由はそこだと思う。

 

生きた文章とでも言うのかな、まるで声が聞こえてきそうなほど自然体。しばらく会っていないけれど、もしどこかで会ったとしてもしばらくぶりを感じないかもしれない。

その人が記事の中で生きている文章なのだ。

 

そんな生き生きした文章には、たくさんの想いが詰まっている。

何を想い、何を考え、何に悩み、何に希望を抱いているのか。いろんなことを赤裸々に語っている。その人なりの思考が見えてくる。もしかしたら僕は、人の思考を知るのが好きなのかもしれない。思考溢れる文章を楽しいと感じるのかもしれない。

 

その人は、「記事」を書くのではなく「想い」をブログで綴っている。

 

 

焦りと不安

一方で、楽しみだけではない。

 

 

焦りや不安を覚えることもある。

 

 

その人は、日々感じたことだけでなく実際に何かしらのアクションを起こし、そこで感じたことや報告レポを書いていることが多い。小さな行動かもしれないが、それでも本人の想いが詰まっていることがビシビシ伝わってくる。

 

自分の意思にまっすぐで、やってみたいことを小さなステップから一歩一歩進め、着実に人生を歩んでいる。壮大な夢を追いかけているわけではないと思うが、強い想いを持って進む姿がめちゃくちゃまぶしい。

 

 

何となく今を変えたい。けどどうなりたいのかわからない。

何となくしたいことがある気がする。けどまっすぐになれない。

何となく行動を起こしたい。けど何をしたいのかわからない。

 

強い想いもなく行動もできずさまよっている僕は、その人のブログを読むたびに言い様の無い不安や焦りに襲われる。

 

 

なにがしたいのだろう

 

その人は、ブログやツイッターを通じて人生を変えつつある。どでかい夢を叶えてるわけではないが、生き生きとしているのは間違いない。きっとこれからもずっと前に進み続けるはず。とても素敵で、とてもうらやましく、とても悔しい。

 

 

いったい僕は何がしたいのか?

 

向上心も持てず楽しくも無い仕事を続け、成長曲線を会社の思うように勝手に決められ、意図せず進むエスカレーターのような流れに乗り続ける日々。

 

仕事を辞めたい、人生を変えたい。そんな大きな気持ちだけが先行して、ちょっとした行動もなかなかできずにいる。「そんなことしても意味無いんじゃないか」「もっと最適で最短な方法があるんじゃないか」ブレーキの声がしょっちゅう聞こえる。

 

きっと悩みの多い時期に差し掛かっているんだろう。人生の岐路にたたずんでいる、ってことにしておこう。

 

僕は悩む日もあるし、苦しい日もあるし、活力が出てこない日もある。

でも、楽しい日も、希望を見出せる日も、余裕のある日もある。

自分のことに集中したい日もあるし、一人の世界に堕ちていきたい日もある。

でも、誰かを楽しませたい日もあるし、助けになりたい日もある。

 

 

このブログを書きながら思った。目まぐるしく変わっていく感情を大事にしながら、あいつのブログのようにその時その時の想いの詰まった文章を届けていきたいなあ、と。

 

 

 

 

 

 

以上にしまーるでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筋肉質なスタバの店員さんには勝てない

僕は人との争い事をあまり好まない。勝ち負けにもこだわりが無い。自分が勝ってるとか、誰々には勝てないとか、基本どうでもいい。

それでも、この人種にはどうやっても勝てない、勝てる要素が無い、と思わざるを得ない方々がいる。


 

筋肉質なスタバの店員だ。

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スタバの店員さんはみんな、ステキな接客をしてくれる。忙しくても、僕相手にでも、いつもステキでいてくれる。スタバの接客態度で不満を持ったことは一度もない。本当によく教育されていて、意識高く仕事をしている。

女性店員が多いイメージだが(そしてなんとなく可愛い人が多い気もするがそれは個人の好みの差だろう)もちろん男性店員もいる。例に漏れず、ステキな接客をしてくれる。もちろん僕相手にでも。


彼ら男性店員は丁寧な接客に笑顔を絶やさずハキハキと喋る。そこにはチャラさなど微塵もなく、誠実な人柄がびしびし伝わってくる。列に並ぶ人にはサッとメニューを渡し、迷う人にはオススメ商品を提案する。刈り上げた横髪も、当てられたパーマも、全てが加算ポイントになっていく。この男達からは、男特有のバカ心も下心も見えない。

 

それでいて、筋肉質なのである。

 

調理場から見える広々とした背中。ミキサーを力強く持ち上げる袖捲りした腕。ホイップクリームを投入する際に浮かぶ腕の血管。商品手渡し時に初めてわかるゴツゴツした指。これらの動作を流れるようにこなすブレない体幹。商品の待ち時間は彼らにとってのアピールタイムだ。

 

そして待ちに待った商品が出来上がった頃には、ステキな白い歯を見せニコリと微笑み、それまでの猛々しさとは違った柔和な表情を見せてくれるのである。

 

これが筋肉質なスタバの店員だ。どこをどう見ても勝てる要素が何一つないことがおわかりいただけるだろう。いや、勝とうと思うことがおこがましい。そもそも勝負のフィールドに全く立てていない。彼らとは積み上げたものが違う。その腕はただホイップを乗せてきただけではないのだ。

 

はあ。

溢れたため息を残ったフラペチーノと共にズズッと吸い上げ席を立つと、それに気づいた男性店員が空きカップを持っていってくれた。


筋肉質なスタバの店員の前ではゴミも自分で処理させてもらえない。負け方すら選べないのである。

 

 

 

 

以上にしまーるでした。