ムダな話をともにしよう

くだらないことから真面目なことまでジャンルフリー

知人のブログを楽しんで、焦る

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ブログを書いている知り合いがいる。

ブログを通じて知り合ったのではなく、学生の頃から知っている人だ。

 

その人はブログをリアルな友人にも公開しており、本名で書いている。更新頻度は高くなく、月に一度だったり数日連続出続いたりと、まちまちだ。SEO対策やアドセンスなど、そんなもの一切気にしている様子は無い。人生を変えたい、とか、プロブロガーになる、とかそんなことも聞いたことがない。何か言葉にしたい出来事や想いが募ったときに文字を走らせているようだ。

 

いわゆる「ブログ運営」には興味が無いのだろう。

 

 

僕は、そんなあいつのブログ更新をとても楽しみにしている。

 

 

役立つ情報があるわけでもない。正しい知識が増えるわけでもない。クスっと笑えるものでもない。その人がその人なりに考えていることを等身大で書いているだけ。

 

 

それでもとても楽しみにしている。

 

 

なぜこんなに楽しみにしているのか。

 

 

記事ではなく想い

 

そのブログでは、本人の感情や思考がそのまま言葉になり、文章となっている。僕が惹かれる理由はそこだと思う。

 

生きた文章とでも言うのかな、まるで声が聞こえてきそうなほど自然体。しばらく会っていないけれど、もしどこかで会ったとしてもしばらくぶりを感じないかもしれない。

その人が記事の中で生きている文章なのだ。

 

そんな生き生きした文章には、たくさんの想いが詰まっている。

何を想い、何を考え、何に悩み、何に希望を抱いているのか。いろんなことを赤裸々に語っている。その人なりの思考が見えてくる。もしかしたら僕は、人の思考を知るのが好きなのかもしれない。思考溢れる文章を楽しいと感じるのかもしれない。

 

その人は、「記事」を書くのではなく「想い」をブログで綴っている。

 

 

焦りと不安

一方で、楽しみだけではない。

 

 

焦りや不安を覚えることもある。

 

 

その人は、日々感じたことだけでなく実際に何かしらのアクションを起こし、そこで感じたことや報告レポを書いていることが多い。小さな行動かもしれないが、それでも本人の想いが詰まっていることがビシビシ伝わってくる。

 

自分の意思にまっすぐで、やってみたいことを小さなステップから一歩一歩進め、着実に人生を歩んでいる。壮大な夢を追いかけているわけではないと思うが、強い想いを持って進む姿がめちゃくちゃまぶしい。

 

 

何となく今を変えたい。けどどうなりたいのかわからない。

何となくしたいことがある気がする。けどまっすぐになれない。

何となく行動を起こしたい。けど何をしたいのかわからない。

 

強い想いもなく行動もできずさまよっている僕は、その人のブログを読むたびに言い様の無い不安や焦りに襲われる。

 

 

なにがしたいのだろう

 

その人は、ブログやツイッターを通じて人生を変えつつある。どでかい夢を叶えてるわけではないが、生き生きとしているのは間違いない。きっとこれからもずっと前に進み続けるはず。とても素敵で、とてもうらやましく、とても悔しい。

 

 

いったい僕は何がしたいのか?

 

向上心も持てず楽しくも無い仕事を続け、成長曲線を会社の思うように勝手に決められ、意図せず進むエスカレーターのような流れに乗り続ける日々。

 

仕事を辞めたい、人生を変えたい。そんな大きな気持ちだけが先行して、ちょっとした行動もなかなかできずにいる。「そんなことしても意味無いんじゃないか」「もっと最適で最短な方法があるんじゃないか」ブレーキの声がしょっちゅう聞こえる。

 

きっと悩みの多い時期に差し掛かっているんだろう。人生の岐路にたたずんでいる、ってことにしておこう。

 

僕は悩む日もあるし、苦しい日もあるし、活力が出てこない日もある。

でも、楽しい日も、希望を見出せる日も、余裕のある日もある。

自分のことに集中したい日もあるし、一人の世界に堕ちていきたい日もある。

でも、誰かを楽しませたい日もあるし、助けになりたい日もある。

 

 

このブログを書きながら思った。目まぐるしく変わっていく感情を大事にしながら、あいつのブログのようにその時その時の想いの詰まった文章を届けていきたいなあ、と。

 

 

 

 

 

 

以上にしまーるでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筋肉質なスタバの店員さんには勝てない

僕は人との争い事をあまり好まない。勝ち負けにもこだわりが無い。自分が勝ってるとか、誰々には勝てないとか、基本どうでもいい。

それでも、この人種にはどうやっても勝てない、勝てる要素が無い、と思わざるを得ない方々がいる。


 

筋肉質なスタバの店員だ。

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スタバの店員さんはみんな、ステキな接客をしてくれる。忙しくても、僕相手にでも、いつもステキでいてくれる。スタバの接客態度で不満を持ったことは一度もない。本当によく教育されていて、意識高く仕事をしている。

女性店員が多いイメージだが(そしてなんとなく可愛い人が多い気もするがそれは個人の好みの差だろう)もちろん男性店員もいる。例に漏れず、ステキな接客をしてくれる。もちろん僕相手にでも。


彼ら男性店員は丁寧な接客に笑顔を絶やさずハキハキと喋る。そこにはチャラさなど微塵もなく、誠実な人柄がびしびし伝わってくる。列に並ぶ人にはサッとメニューを渡し、迷う人にはオススメ商品を提案する。刈り上げた横髪も、当てられたパーマも、全てが加算ポイントになっていく。この男達からは、男特有のバカ心も下心も見えない。

 

それでいて、筋肉質なのである。

 

調理場から見える広々とした背中。ミキサーを力強く持ち上げる袖捲りした腕。ホイップクリームを投入する際に浮かぶ腕の血管。商品手渡し時に初めてわかるゴツゴツした指。これらの動作を流れるようにこなすブレない体幹。商品の待ち時間は彼らにとってのアピールタイムだ。

 

そして待ちに待った商品が出来上がった頃には、ステキな白い歯を見せニコリと微笑み、それまでの猛々しさとは違った柔和な表情を見せてくれるのである。

 

これが筋肉質なスタバの店員だ。どこをどう見ても勝てる要素が何一つないことがおわかりいただけるだろう。いや、勝とうと思うことがおこがましい。そもそも勝負のフィールドに全く立てていない。彼らとは積み上げたものが違う。その腕はただホイップを乗せてきただけではないのだ。

 

はあ。

溢れたため息を残ったフラペチーノと共にズズッと吸い上げ席を立つと、それに気づいた男性店員が空きカップを持っていってくれた。


筋肉質なスタバの店員の前ではゴミも自分で処理させてもらえない。負け方すら選べないのである。

 

 

 

 

以上にしまーるでした。