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ブログという名の茶番劇

これでもかと茶番を繰り広げていきます。雑踏の中の一筋の光とならんことを願っています。

君の名は。を見て。こんな終わり方もいかが?という提案(ネタバレあり)

トピック「君の名は。」について

*ネタバレあります
 
 
映画「君の名は。」を見ました。面白かったです。感動もしました。絵とかも綺麗でした。方言もかわいかった。三葉ちゃんがかわいかった。
 
 
 
 
僕も、三葉ちゃんと入れ替わったら、おっぱいを触ると思う。絶対に触ると思う。そこに躊躇は一切無いと思う。あいつに悪い、なんて微塵も思わない。
 
 
でも、こうも思いました。
 
 
二人は、最後に出会うことができて幸せそうだったけど、「会えない」、っていう展開も、それはそれで良かったんじゃないかなって。だから、僕は、別の展開を考えてみました。
 
 

糸守町の人々が助かった描写を、もっとシンプルに

劇中では彗星落下に関しての雑誌・週刊誌・ニュース・記事がいくつも紹介され、瀧君こと神木きゅんの語りまで入り、避難訓練がどうだの奇跡が起こっただの言ってました。

でもここまで説明しなくても、新聞の1面記事を画面に数秒映せばいいんじゃないかと思いました。それだけでこちらは「ああ、みんな助かったんだ。さえちんも、てっしーも大人に屈してしまったけど、三葉は説得しきれたんだ」と、安心できる。その安堵感にもっと浸りたかったなあと。

すると僕たちは次に思います。

 「助かったみんなはどこにいるんだろう」って。

そんなこちらの気持ちを察するように、てっしーとさえちんがでてきました。

東京にいるんだ!そう思いますよね。そしてすぐにこう思いました。

 

「もしかすると三葉も東京に?」

 

三葉の気持ちが知りたかった

最後は瀧君こと神木きゅんの心理描写と現在だけが流れていったけど、同じ時、三葉がどう思いどう過ごしてたのかを映すのも良いんじゃないでしょうか。

瀧君こと神木きゅんは、言葉にできない何かをなんとなく探してる気がしてて、でもそれは就職先のような気もしてる、そういう不確かで捉えきれない感情を抱きながら生活してましたよね。

それと似たような気持ちを抱えながら三葉も日々を過ごしていたーー例えば、憧れていた東京で何となく普通のOLになり、主役として過ごしていた村の生活とは違って雑踏に紛れてしまった中で何かを探してるんだけど、それはきらきらした日々や夢を望んでいるだけのような気もしてるーーみたいなね。

 

就活がうまくいかず落胆した様子でベンチでため息をつく瀧君こと神木きゅん。そこからカメラが引き、ベンチ横のゴミ箱を映す。風に吹かれてゴミ箱内の雑誌のページがぺらぺらめくられる。ボロボロの雑誌からとある1ページが破れ風に舞う。そのページは、糸守の奇跡特集。そのまま風に運ばれ、その先には三葉の生活が。ここから三葉サイドへ展開が変わる。

 

みたいなね。

 

 

この映画、主役が2人いて感情移入が難しく感じたので、それなら最後まで2人の様子を第三者目線で見たかったけども、最後は瀧君こと神木きゅんサイドだけだったのが少し寂しかったです。

こうして、三葉も東京にいる、ましてや同じ気持ちを抱いてることを知った我々が向かう感情の矛先は、ただ一つです。

 

「2人は出会えるのか?」

 

2人は出会う、互いに気づかぬ形で

映画では、電車に乗ってるときに互いの顔を見て互いに気づきます。そして、急いで電車を降り感情が急かすままに互いを探し出します。そして、出会いハッピーエンドになるわけですが、互いに気づかぬ出会い方もいいんじゃないでしょうか。

言っても、同じ東京で暮らし同じ思いを抱く2人ですから、そりゃ出会います。が、こんなのはどうでしょう。

 

どっかの人ごみの交差点。下を向きながら歩く疲れた2人。その2人が交差点の真ん中ですれ違う。そのとき軽くぶつかり、三葉から「紐」が落ちる。それに気づいた瀧君こと神木きゅんは、何となしにそれを拾い「あの、落としましたよ、これ」と一言。相手の顔も見ないまま。その声に三葉は、「あ、ありがとうございます」とお礼と軽く会釈。相手の顔も見ないまま。そうしてまた人ごみに紛れていく2人。互いに相手には気づかない。

 

見てるこっちはやきもきしますね!なんで気づかないの!って。

 

でもこの紐、ただの紐ではありません。今まで2人を結びつけてきた紐ですよ。不思議な神通力が通っています。家に帰ったころに確信します。

 

何を探していたかを。

 

探していたものに気づき、希望を持ちながら生き続ける瀧君と三葉

それからの2人の景色は変わります。生活自体は大きくは変わらなくても、探していたものがここにある。同じ東京にある。すぐ近くにいる。だったらいつか必ず会える。景色が変わるには十分です。前向きに2人は生きることとなります。お互いの生活シーンが交互に映し出されながら2人の語りが入ります。

 

 

瀧君「そうだったんだ」

三葉「やっとわかった」

瀧君「何で忘れてたんだ」

三葉「何で気づかなかったんだろう」

瀧君「忘れちゃいけない人なのに」

三葉「忘れたくない人なのに」

瀧君「でもきっと会えるよな」

三葉「きっとどこかで会えるよね」

滝君「いや、見つけるよ、絶対に」

三葉「ううん、会うんだ、絶対に」

瀧君「会えたときには聞かなきゃな」

三葉「会えたら教えてもらわなきゃ」

 

 

 

2人「「君の名前は。」」

 

 

 

結局上映時間内では2人は、会えません。ですが、見てる我々にはわかりますよね。この後2人はきっと出会えただろうなって。

 

そういう余韻に浸るのもいいなあ、と。時を越えて奇跡を起こした2人が、今度は「上映時間」を超えて出会っていて欲しい、と。いや、出会ったな、と。

そんな余韻と共にエンディングですが、ここにも一工夫どうでしょう。

 

入れ替わり時のスライドと日記が流れるエンディング

僕の不満点として、入れ替わり時の2人の様子をもっと見たかったというのがあります。先輩とどんなデートをしたのか。てっしーをどう困らせたのか。東京をどう楽しんだのか。どれだけ男前女だったのか。もっと見たかったです。

なので、そのときの様子をスライドショー風にしてエンディングで流すのも面白いと思いました。そのときに書いていた日記もあまり見れなかったので、写真と共に流してもいいと思います。

 

そして最後は、現在の2人の日記を載せてみたり。その日記を読んで、「おや?この日記の感じだと、2人は出会えたのかな?良かった!」とこちらに思わせる。

 

みたいなね。

 

妄想もここまで

面白かったし、雰囲気も好きだし、三葉ちゃんかわいいし、音楽も良かったし、ストーリーも中盤は引き込まれたし、三葉ちゃんかわいいし、所々入るドアが開くシーンの意図が知りたいし、もう一度見たいと思ったし、三葉ちゃんかわいいし。

でも個人的に最後がちょっとすっとしなかったので、こんなことを考えてみました。

 

最後にこれだけ。

 

 

三葉のおっぱい触りたい

 

 

おわり